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「病院の防災対策」

1. これまでの災害時医療

 これまでの災害時医療は、“入り口”を担う「医療救護所」と、重傷者を受け入れる「災害拠点病院」の二極化で成り立っていました。

 この形ができるきっかけとなったのが、1995年に発生した阪神・淡路大震災です。

 直下型の地震だった阪神・淡路大震災では、市民全体が頼りにしていた多くの大病院が倒壊し、代わって、中小規模の病院や診療所が医療活動を行いました。その反省から、災害時医療の中心を担う災害拠点病院をつくろうということになったのです。医療救護所で患者さんを集め、災害拠点病院に搬送して治療を行うとともに、あまりに大きな災害の場合はヘリコプターを使って被災地外に広域搬送する――というシステムが考えられました。

 また、「トリアージ」という概念が浸透したこと、「日本DMAT」(災害派遣医療チーム)が生まれたのも、阪神・淡路大震災がきっかけです。

2. 東日本大震災からの学び

 2011年の東日本大震災では、医療救護所と災害拠点病院という二極化で、災害時医療が行われました。その結果、救える命を救えなかったということはありませんでしたが、いくつかの想定外が起こりました。

 一つは、患者さんは医療救護所に集まると想定されていたものの、実際は医療機関に集まったということです。また、点滴の台もなければ、薬棚もない医療救護所よりも、もともと医療設備が揃っている病院・診療所のほうが、よっぽど医療活動を行いやすいということもわかりました。

 もちろん、発災から2、3週間が経過すると、慢性疾患の患者さんの診察や感染症のコントロール、公衆衛生などが必要になりますので、医療救護所は避難所にとって不可欠です。ただ、発災後間もなくの急性期の段階では、医療救護所に医療者が集まることも難しく、医療を提供するのは難しいことがわかりました。

 もう一つ、想定外だったのは、災害拠点病院でも津波の被害に遭い、医療活動を行えない病院もあったということです。そのため他の災害拠点病院に患者さんが集中しました。しかも、急性期の患者さんだけではなく、日常的に診療所にかかっていたような慢性期の患者さんも、集中してしまいました。

 一方で、災害拠点病院以外の病院は、もともと入院している患者さん、新たに集まる患者さんに対応し、多くの患者さんと職員を抱えていたにもかかわらず、「災害時の医療計画に入っていない」という理由で、行政からの物資支援はありませんでした。

 こうした経験から学んだことは、次のようなことです。

 

・ 混乱期の自立・自律的活動から秩序のある組織的活動へ、“フェーズ”をふまえた計画が必要

・ 医療需要が激増するのに反し、医療資源は激減するなか、“総力戦”で対応すべき

・ 想定外に対応できる意思決定部署が必要

3. 津波型地震と直下型地震

 地震には、津波被害の大きい「プレート境界型地震」(津波型)と、建物の倒壊による被害が大きい「内陸直下型地震」があります。東日本大震災は、前者でした。

 死亡者数に対する負傷者数の比率を示す「I/D比」(負傷者数/死亡者数)という指標があります。東日本大震災の場合は「0.4」、同じく津波による震災であるスマトラ沖地震は「0.6」で、いずれも負傷者数の割合が低いのが特徴です。

 つまり、東日本大震災で、限られた医療資源ながらも対応できたのは負傷者が少なかったということも一因でしょう。

 では、直下型の地震が起こった場合はどうでしょうか。首都直下地震が起これば、死者は1万人弱、負傷者は15万人弱にも上ると予想されています。重傷者に限っても2万人を超えます。現在、東京都内で災害拠点病院に指定されているのは70病院です。この70病院で、すべてに対応するのは難しいでしょう。

4. 新たな災害医療計画 … 東京都の場合

 東日本大震災での学び、そして直下型地震が起こった場合の想定をふまえて、東京都では新たな災害時医療計画がまとめられました。主なポイントは次の通りです。

 

フェーズ区分の明確化
 「発災直後(~6時間)」「超急性期(6時間~72時間)」「急性期(72時間~1週間程度)」「亜急性期(1週間~1カ月程度)」「慢性期(1カ月~3カ月程度)」「中長期(3カ月以降)」の6つのフェーズに分けて整理。

 

行政区域に応じた体制の整備
 区市町村、二次保健医療圏、都全域と、それぞれの災害時医療体制を整備し、それぞれに「災害対策本部」を設置。

 

医療機関と医療救護所の役割分担
 災害拠点病院以外の二次救急病院を「災害拠点連携病院」と位置づけ、中等症者に対応。災害拠点病院、災害拠点連携病院以外のすべての病院も「災害医療支援病院」とし、機能を維持することが災害医療への貢献につながることを明確に。
 病院前でトリアージを行い、「緑色:軽症」の患者さんには自分で緊急救護所に行ってもらい、「黄色:重症ではないが早期に処置が必要」の患者さんは災害拠点連携病院に、「赤色:重症」の患者さんは災害拠点病院にという流れを整理。

 

情報連絡体制
 市区町村、二次保健医療圏、都全域とそれぞれに「災害医療コーディネーター」を置き、情報を収集。

 

医薬品・医療資器材の確保
 基本的に3日間で卸売販売業者を中心とした流通を回復。その間はそれぞれの医療機関の備蓄で対応。また、区市町村に「医薬品ストックセンター」を設置し、医療救護所や避難所などへ配布。

5. 各医療機関のBCP

 地震などの大規模災害が発生した際、医療活動の中心となるのが被災地域の医療機関です。限られた医療資源のなかで効率的になるべく早く復旧させ、医療活動を継続するには、事前に、「事業継続計画(BCP:business continuity plan)」を作成しておくことが欠かせません。

 BCPの立て方については、東京都福祉保健局の下記サイトをご参照ください。「①方針と検討組織→②現況の把握→③被害の想定→④通常業務の整理→⑤災害応急対策業務の整理→⑥業務継続のための優先業務の整理→⑦概要表の文書化→⑧BCPの取りまとめ」という8つのステップ沿って、手順が書かれています。

 

※東京都福祉保険局> 医療機関における事業継続計画の策定について
  http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kyuukyuu/saigai/zigyoukeizokukeikaku.html

 

 このほか、BCPにおいて大事なポイントは下記の通りです。

 

スピーディな意思決定
 東日本大震災を経験して感じたことの一つは、災害時医療では決定することが大切ということです。通常の意思決定は、幹部会などで行っているかもしれませんが、災害時には意思決定に時間をかけることはできません。情報収集と意思決定を担う「災害対策本部」をつくり、本部長に権限を与えることが必要でしょう。

 

職員の招集
 病院としての機能を果たすには、職員を集めることも必須です。その際、看護師寮や職員寮を近隣につくることも、BCPの一つかもしれません。一方、医師は、少し離れたところに住んでいる人が多いでしょうから、電動アシスト自転車が有用です。災害時医療における他の医療機関との連携においても、活躍するでしょう。ただ、東日本大震災では、病院に向かっている最中に津波に飲まれた医療者もいたと聞いています。医療者の皆さんには、自分の身の安全をしっかり守りながら職場に向かってほしいと思います。

 

3日分の備蓄
 東京都の災害医療計画においては、3日分の医薬品、医療材料、水と食糧が必要とされています。これらを確保するには、コストもスペースも必要です。補助金をつけてもらう、災害時のみ井戸水を使えるようにしてもらうなど、行政との交渉も必要でしょう。

 このほか、病院前でトリアージを行うために、誘導用の看板やポール、トリアージタッグ、また、トリアージ用テント(冬場、雨天時にも対応できるよう周りを囲んであるもの、受け付け用の2種類)、長机、椅子も必要です。さらに、患者さんが集まるため簡易ベッドや毛布も備蓄しなければいけませんし、災害用のカルテも、医療救護所などに患者さんを送るためにキャスター付きの担架も有用です。

 

 災害医療計画は、地域によって異なります。自院が所在する地域の災害医療計画のなかで、病院がどんな役割を果たすのか。それぞれのポジションを考えて、BCPを作成する必要があります。

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